紀伊の音

ADHDクリエイター紀伊原ひろの器用貧乏なブログ

SNSとかコミュニティ機能があるブログだと世間体を気にしちゃう

Bloggerが孤独すぎてさみしいからコミュニティ機能があるはてなブログに移ったものの、移行前から懸念してた通り読者数とかスターの数を気にしちゃったり、グループに参加したり読者が付くことで世間体を気にするようになってしまった

 

アフィリエイトブログとか、真面目系ブログなら問題ないんだろうけどオレにとってブログっていうのはリアルでなかなか言えないこととか出せない自分を表現する場だから下ネタとか幼稚で下劣な表現もしたいし、汚い(汚ねぇ)言葉も使いたい(使いてぇ)。下ネタに関してはブログを削除されないようにはてなの規約も気にしなくてはいけないからそれも移行前の懸念の一つだった

 

最近は猫も杓子も(どいつもこいつも)SEOと世間体を気にしたつまらない文章しかブログでは書かなくなってしまった。サブブログとか裏垢で暴言吐きまくってるんだろうけどオレはそれをこのメインのブログでやりたいったいうか、ネットでまで世間体を気にしたり表裏使い分けたくないし、常に自己同一性の混乱と葛藤を抱えてるメンヘラとしては一つのブログやアカウントで色んな自分を表現したい

 

世間体を気にした文章の中に所々で俗っぽいネットスラングが混じってるような記事が嫌いで、オレも最近そんな感じになっちゃう時があるんだけどそれならいっそのこと汚ねー言葉使いまくったほうがいいんだよなー

 

日本人はほんと世間体気にしすぎるよなあー

ブログの中で吹き出し使ってキャラに代弁させるのなんて日本人と韓国人くらいしかやらないし、プロフ画像も本人写真の人少ないし、表面上だけは欧米化してもそういう文化とか気質はどうにもならんのかね

 

世間体とか、いいね / フォロー返しとか、そういうのが馬鹿らしくなってSNSを辞めた身としてはやっぱりBloggerに戻ってマイペースに書きたいこと自由に書くのがいいのかなあと思いつつ、BloggerWordPressには無いはてなのコミュニティ機能のおかげで⭐️が付いたりするのは単純に嬉しい(タイトルしか見てないパターンが殆どだろうが) からしばらくははてなを続けることにしよう

現実逃避してるうちに生活保護を受給するハメになった

オレは20代の頃はちゃんと働いていたが発達障害で社会に馴染めず躁うつ病も発症して気が狂って自殺を試みたが死ねず、実家に戻って引きこもりニートになっていた。

 

それからは「どうせ自殺するからどうでもいい」と言って仕事もせずにフラフラしていた。

 

ADHDで気が変わりやすいオレは自殺すると言っておきながら才ナニーや浪費、ゲームなど快楽行動に走っていた。

 

ニートしてられるだけあって親はそこそこ金持ちだった。

 

その後、日雇いや短期バイト程度の仕事は時々やっていたが元々漫画家とかアーティストを目指してたオレは基本的に働くこと自体が向かない社会不適合者で生きていくという意志もなかったし、いざとなれば親に頼ればいいみたいな感じで、金銭感覚もルーズだった。

 

2ちゃん(今は5chらしいがもう見てないから分からん)の自殺スレとか死にたい系のスレを見て同じような人いっぱいいるしまだ大丈夫みたいな感じで死ぬことからも生きることからも逃避し、人生どうでもいい感じだった。

 

30代前半から精神障害者基礎年金を貰えるようになり、もうすっかり「働かなくていいや」みたいになっていた。

 

実家にいると毒親に八つ当たりしたり部屋を破壊したり奇声を上げたりして近所迷惑だから、家賃と光熱費は仕送りするからあとは年金で一人で生活してくれと言われてアパートで一人暮らしすることになった。

 

30代も後半になり、本気で死にたくて練炭を買ったが、火を付けた途端に怖くなってしまった。

 

どうせ死ねないならと、20代のころから作ってきた音楽を配信したり、デザイン系の仕事をすることにした。

 

しかし実際には金を稼ぐ気なんてほとんどなく、頭の中は作品をこの世に残して自殺することでいっぱいで、人も怖いから関わりたくないし、人にペコペコしたりビジネス会話みたいなのをして責任持って仕事を受注するのがめんどくさいし、怖いし、自信もなかったからそういう受注系の仕事は先延ばしにし、YouTubeの動画配信とか、SuzuriみたいなところにデザインをアップしてTシャツ等を販売するとか、そういう人と関わらない系のことしかしなかった。

 

Tシャツとかは少しだけ売れて2千円くらい稼いだらもう満足して飽きちゃってどうでも良くなってしまった。

 

YouTubeや音楽配信なんかも本気で金を稼ぐ気なんてさらさらなく、SNSで宣言もしてきたがTwitterは中傷とかが怖いから使わなかったし、必死で宣伝しまくるのもめんどくさくなって辞めてしまった。

 

稼ぐ気無いのに、音楽製作をしてるといかにも仕事をしてるような気になるため、その現状を維持していた。

 

貧乏家庭で育った人間ならもっとシビアな感じで中国人みたいに金を稼ぐことに対するハングリー精神でいっぱいで、金を稼ぐことしか頭に無いのだろうが、金持ちの家に生まれて金持ちの親に虐待めいた仕打ちを受けて育ったオレは金持ちになることに興味がなく、音楽とか哲学みたいな、金にもならないことに時間を使うような人間になってしまっていた。

 

親には「仕事してる」、「努力してる」と言い続けてきた(実際努力はしてきたが)

 

まるで計画性がなく、衝動を抑えられないADHDのオレはカードも無計画に使い、リボ払いの利息地獄に陥り、自己破産するハメになった。収入無いのに風俗に行ったりしていた。出会い系なんかやってる場合じゃないのに寂しすぎるから冷やかし目的でメールを送りまくり、ポイントを無駄に消費してしまった。

 

いざとなったら親に頼ればいいやみたいな感じではあったが、親が死んだらどうするんだという不安は常にあった、と言いたいところだが、常に空想の世界に生きていて現実把握能力に乏しいオレは30代のうちは危機感をあまり感じてなく、40になった途端に急に焦り出し、極度の不安に陥ってテンパってしまった。こうしてる今も不安で不安で仕方ない。

 

その親もさすがに金が無くなってきたみたいで仕送り送れないと言われてしまい、数ヶ月前から生活保護を受給している状態だ。

 

ここまで来るとさすがに得意の現実逃避も出来なくなってしまって、ドラクエやってても全然没頭出来ないし、仕事に見せかけた趣味(命懸けの本気の趣味だが)の音楽製作をして仕事してる気になるっていうのももう無理になってしまった。

 

さすがに本気で金を稼がなくてはいけなくなってしまったから音楽は一旦打ち止めにしてロゴデザインの注文を受けねばなるまい。

ADHDだから細部まで凝った作品は作れない

すぐに飽きるADHDの人々

Photo by kamichan1224

 

すぐに飽きてやる気なくなる

凝ったことは出来ない

瞬間的なひらめきにかけてはワールドクラスだろう
しかしそれを最後まで完成させることが出来ない
 
最後までやり遂げられないのは単純にバッテリー切れの時もあるし、他のことに目移りするのが原因の時もある。
 
気分が気候や時間帯にもろに左右されるから今の気分で明日の予定を立てても翌日には全く別のことに手を出し始めたりする。瞬間が全てで、その瞬間の気分が永久に続くと錯覚してしまう。一種の認知症だな。一瞬一瞬を全力で生きるどころか生きすぎてる犬なんかにはかなり共感するし、共感しすぎてもいる。(ワンピースにそういうキャラがいたな、全力の獅子リアンだったか。そしてヤリスギ准将。あの海兵が一番好きなキャラかな、好きすぎる。)
 
一時的には寝食忘れてものすごい集中力を発揮するものの、最後までは絶対に続かない。続かなすぎる。最終的には投げやりになってくる
 
さすがに人生終わりすぎるくらい散々学習しすぎて(しつこいので終)きたから少しは計画的な犯行に及べるようにはなってはきた。でも、デモクオリティに終わる
 
2年ほど前、音楽では稼げないからとデザイナーに転向したが、もちろんデザイン業においても同じことだった。しかし唯一、ロゴデザインだけは最後のほうまでやり遂げることが出来た。なぜならロゴはその形式自体がシンプルな物で、むしろ細部を省略していかにシンプルに表現するかが問われる代物で、1日で完成出来るので私にはとても向いていた。それでも拡大して見るとちょっと線がハミ出してる部分とかはめんどくさくて直さずにやめたりもする。
 
おれの場合はウォーミングアップが本番だから例えば音楽をやる場合、ギターを手にしたら面倒でもすぐにちゃんとシールドをつないでチューニングをすること。そして適当に即興で曲を作って抑え方を忘れないようにポジションを撮影しておくこと。
 
そして適当かつ適切にリズムパートを付けてプロデューサーの自宅のポストに投函する、それが俺の仕事だ。結局、何が言いたいのかというと、郵便局員は畜生だということ。そういうことだ

ハリーポッターと生活保護

 

 

今となってはもう昔のことだが、ハリーポッターという名の本と映画が流行っていた時代があった。しかしながら当時の我が輩は童貞を捨てることに必死で映画どころではなかったし、猫ですらなかった。今にして思えば、ハリーポッターを話のネタにして彼女を作るという発想に至らなかったことが不思議でならない。

ハリーポッター全盛の時代、それはブログサービスの黄金時代でもあった。当時はSNSもなく、アフィリエイトブログも今ほど溢れてはいなかった。おかげさまで我が輩もブログで知り合った女性に手ほどきをしてもらうことができた。ネットの世界では童貞のまま30歳を迎えると魔法使いになれるという言い伝えがあったが、我が輩は無事に遊び人から賢者へと成長することが出来た。
 
なぜ今さらハリーポッターなのかというと、原作者のJ.K.ローリング氏が我が輩と同じように生活保護を受けながら創作活動をしていたという事を知ったからなのである。
 
生活保護から億万長者へ——そんな魔法のようなことを成し遂げたJ.K.ローリング氏であるが、執筆当時はうつ病になり、自殺も考えたという。我が輩ももうずっと自殺する勇気がないから仕方なく作曲活動をしているがそろそろ限界がきつつある。今もこうやってふざけた文章を書いているが、正直言って我が輩の悪ふざけやユーモアは悲しみやコンプレックス、孤独感を誤魔化すために幼少期に身に付けた、いわば魔法のようなもので、ふざけていないとすぐに自殺したくなってしまうのである。
 
さて、このハリーポッターであるが、吾輩は彼のことをハターリッポーと呼んだりして、適当、かつ適切に文字をシャッフルして遊んでいる。リハータッポー、ポリーハッター、ターリーポッハ、ポリッタハ――などなど、いろいろとシャッフルしているうちに、この世の全てがどうでもいいような、何とも言えない虚しさを感じてくる。
 
こういう文字のシャッフルは生活保護を受けながらHunter x Hunterを執筆していた冨樫義博氏なども多用している。
 
のびーポッ太ーの母に「働きもせずに言葉遊びばっかりして!」と怒鳴られそうだが、我が輩はいつだって真剣だし、それにこれが我が輩の仕事でもあるのだから致し方あるまい。
 
我が輩の言葉遊び癖は一種の病気で、統合失調症の症状だったりする。
 
うーん、、飲み過ぎて頭痛い、、はやく死にてえよ、、
 
と、10年以上前のブログ全盛期の頃からずっと死にたい死にたい言いながら生きてしまった。死ぬ勇気がなかった。死ぬのが怖かった。
 
ところでこのハッリポーター、実は日本が世界に誇る忍術マンガのNARUTOにそっくりなのである。つまり、魔法の学校があって、先生がいて、クラスメイトがいて、卒業おめでとうと言うまでもなく悪に走った生徒がいて、戦争になり、子供だった主人公が最後は親になるというそっくりな構造になっているのである。ローリング氏がハリーを書いていたのは1995年頃で、ナルトもちょうどそれくらいの時期に連載がはじまった。ひょっとしたら、ローリング氏と岸本氏は伝書フクロウを使って内密に情報交換をしていたのかもしれない。ハリーがメガネをかけていたのはNARUTOとの差別化を図った結果なのだろう。
 
メガネといえばのび太との関連性を疑わざるを得ないのだが、のび太はメガネをハリーと共有していたにすぎないのに対し、ジョン・レノン氏に至ってはメガネ以前の問題で、ハリーにそっくりなのである。この3人の面倒を見るのは少々手が焼けるため、我が輩はレノンとハリーを完全に同一人物と見なして一人の人物として扱い、のび太は私のかつての戦友であるエモンドラ氏に預けることにした。
 
偉大なる魔法使いであるエモンドラ氏は英国エジンバラの出身であり、彼に影響を受けた英国人のローリング氏はのちにメガネをかけた魔法使いの物語を描くこととなる。エモンに生活を保護されていたのび太にも強く共感したという。「ハリーポッターと○○○」というタイトルも「のび太と○○○」に対するオマージュなのであろう。
 
「生活保護とは賢者の石なのです。それは偉大な魔法使いエモンドーラのポケットから突如現れた奇跡の石であり、私にとってかけがえのないポケットマネーでした。」
 
我が輩もローリング氏目指して頑張ろうと思った次第でR

歳を取って世間体やSEOを気にするようになり、つまらない人間になってしまった。

昔はいきがってネットに暴言を書いたり自殺予告をして構ってちゃんになったりブログやSNSではっちゃけた感じのキャラでコメントしたりSEOなんて全く気にせずにブログを書いていたが、ネットで傷付けられたり傷付けたりすることにうんざりし、人間関係もめんどくさくなり、ネットも怖くなってすっかりしょぼくれてしまった。

 

人を傷つけたり人に言えないようなことをやらかしてきたからもう人生を楽しんではいけない、みたいな感じになってしまった。

 

ネットじゃなくてリアルでもADHDと躁うつ病の天才的かつ破滅的な特性をフル大限に発揮して、変な顔をしたり奇行に走ったり大声を上げたり路上で千ソコを出したりしてかなりぶっ壊れていたが、怒られたり人間関係を破綻させたりして失敗を重ねた結果しょぼくれてしまい、秀才タイプのようにマニュアル通りでつまらない人間になってしまった。

 

文章ももっとはっちゃけた文体でめちゃくちゃな言葉遊びを多用したぶっ壊れた感じの文章を書いていたがすっかりSEOを気にしてつまらない文章を書くようになってしまった。

 

出会い系とか友達募集掲示板とかでもつまらない定型文で募集するようになってしまった。そうするとメールしてくる相手も世間体を気にしたつまらない相手ばっかりになってほんとつまらん。

 

結局は昔みたいに敬語も使わずにはっちゃけた感じで募集するほうが特に若い子にはウケが良かったりする。

 

昔の楽しかった自分を取り戻したいが、また失敗するのが怖い。

 

殺人を犯したわけではないからまだ人生を楽しんでも良いんだろうか。

 

過去の過ちを噛み締めながらほどほどに楽しむことにするか

MacBook買う金が無いから迷わずThinkPadを買った

 

ワタシ、生活保護ね。ワタシ迷わないMacBook迷わない。お金なくワタシThikPadね。ワタシ自分の国好きちがうそしてThikPad好き。

——オレはもう10年近くiPhone, iPadのヘビーユーザーなのにMacを買ったことがない。パソコン自体もうほとんど必要無かったんだけどどうしてもパソコンがときどき必要になるからMacBookにするかWindowsにするか、最初からThinkPadを買うことが運命付けられてるのにあえて迷うフリをした。

論結から先に言うと、買う金があるならMacBookを買ったほうが気持ち良くパソコンと向き合うことが出来る(キーボードはThinkPadの方がいい)。 iPhoneユーザーならなおさら。Macは店でしか使ったことはないが、iPhone使ってればApple製品の良し悪しは分かる。

それでもオレはとにかく金が無いから中古でも高いMacは諦めざるを得なかった。iPhoneも高いが毎日使う物だし、音楽をやる以上はOSレベルで音楽制作向きに作られてて音楽系アプリも多いiOSは必須だった。音楽やってなかったらAndroidにしてたと思う。(iPhone 7でイヤホンジャック廃止になった時点でちょっと嫌になっていた)

金を稼ぐことよりも真理を追求したりこの世に作品や言葉を残すことに必死なオレは金が無さすぎるので中古品を買わざるを得なかった。iPhoneとiPadも中古で買った。

同じスペック、状態で比べるとWindowsよりもBookMacのほうが1〜2万くらい高かった。i7で16GBメモリ / 512のSSDくらいの結構なハイスペックでそこそこ綺麗な状態(目立たない傷、使用感がある程度)でもWindowsなら5万以下で買えるがBookMarkだと7万近くする。差額でApple Pencilが買えてしまう。

紆余曲折経ずにThinkPadを買ったオレはとにかく自分の過去の行いに言い訳をつけたいが為にThinkPadとWindowsの良いところを探す旅に出た。すると、Windowsは相変わらずフォントもいまいち綺麗じゃないし、見た目もダサくてやだなぁ、っていう感じだった。それでも元々Windowsには何も期待していなかったし使い慣れてるから別に良かった。

ほんとはMacBookがほしいのにWindowsを使い続ける理由は次の通り:

 

  1. MacBookを買う金が無い
  2. パソコン自体ほとんど使わないからiPhoneとの連携はクラウドで十分
  3. Windowsのショートカットキーも覚えちゃったし今さらMacの使い方覚えたくない

 

ThinkPadに関しては昔使ってて乳首(トラックポイント)と、トラックパッド上部にある3つのボタン(マウスの左中右ボタンに相当)が気に入ってたからWindowsパソコン買うならThinkPad一択だった。Surfaceもなかなか好評なようだが高いし音楽をやるからタブレットはiPad一択だった。

Windowsは使いやすくするためにあれこれ検索したり考えなくてはいけない。それがThinkPadという名前の由来なのだろう。もしもMac OSが載っていたら単にiPadという名前になっていただろう。

ThinkPadのトラックパッドはいつのまにか進化してて、ズームイン/アウトが出来たり、2本指(またはパッドの端を1本指)でスクロールしたり、3本指スワイプでデスクトップを表示させたりアプリを切り替えたり出来るようになっていて、今さらながらちょっと感動した。(実際には大喜びではしゃぎまくった) 

トラックポイントとトラックパッドは細かく設定することが出来て、なかなか快適に使うことは出来る。それでもMacBookと比べるとやっぱり誤タッチすることはあるけど、歳をとっていつかは死ななくてはいけないめんどくささや悲しみに比べるとどうでもよかった。

ThinkPad最高!みたいになったけどトータルで考えるとMacBookの方がいいし、そもそもパソコン自体できれば触りたくないオレとしてはiPadでデスクトップアプリが動かせるようになることを願うばかりだ。

何はともあれThinkPad買って特に後悔はないし、オシャレなiPhoneとオタク臭いThinkPadの組み合わせっていうのもアーティストでありながらオタクでもあるオレには合っているのかもしれない。

はやく音楽を卒業したい

 

おれは丸みを帯びた曲線美のある音楽や女性が大好きなんだけど、その一方で憎悪の念も抱いていたりする。

女性の話は置いといて、作り手として音楽が嫌いになってくる要因は

・稼げない
・自称インフルエンサーの宣伝代行の勧誘(音楽とカネの問題)
・他人の曲を演奏するだけなのにフォロワーたくさんいる人たち(特に見た目がいい女性)を見てるともう音楽作るのが馬鹿らしくなってしまう
1曲完成させるのに思いのほか時間がかかる
・単純に音楽というものに飽きた
SNSでカッコつけてグラサンしてペルソナ作るのがめんどくさくて虚しい
SNSで宣伝目的でイイネし合うのがダルい。動画再生せずにイイネしてくる奴が多い(イイネ通知が連続で来るから分かる) 音楽どころか世界が嫌いになってくる
 
などが挙げられる。
 
とにかく努力に対する報酬が割に合わなすぎるよね。ものすごく努力して、1から曲作って、綺麗に録音して、編集して、想像以上に時間のかかるイコライジングやマスタリングをして、カッコいいアートワーク更にはPVまで作って、それでどれだけ稼げるんだって話で、大抵の場合はかなり馬鹿げた収入しかない。

楽曲提供とか、作曲家として仕事を受注するようなスタイルなら稼げるんだろうか。そういう方向性はまったく興味がないから詳しくない。おれはただ単に、子供を作る代わりに自分のオリジナル作品をこの世に残してさっさと死んで、永遠に生きることしか興味がないんだ。

少なくともフリーランスの仕事の案件はプログラミング系やデザイン系なんかと比べると圧倒的に少なかった覚えがある。音楽なんてもうあんまり需要ないんだな。曲なんてネット上にくさるほど溢れてるし、ループ素材も溢れてて、新しく1から作るのが馬鹿馬鹿しくなってくる。

音楽そのものを売るというより、他の稼げるコンテンツのオマケとして音楽を付けるスタイルなら稼げるだろう。音楽だけではダメ。まあハッキリ言ってエロがいちばん手っ取り早い。AKBやテイラー・スイフトもまずはエロがあって、体を売って、そのオマケとして音楽を付けてる。おれはセクシーな女性のギタープレイ動画を見る時、はっきり言ってカラダしか見てなくて、演奏や音楽には興味がない。映画やゲーム音楽の作曲にしても、メインコンテンツは映画やゲームのほう。

そして制作に時間がかかりすぎる。音楽制作の場合、明確なゴールが無く、それがおれにとっては苦痛すぎる。音作りをやり出すとやめどころが分からない。一旦OKだと思った後で「もうちょっと4khz辺り下げよっかな」とか細かい所が気になって気になってしょうがなくなってくる。ADHDのおれにはそんな作業をやり抜く才能なんてまったく無いんだ。

直感で衝動的に動いて飽きっぽいおれは、性格的に音楽制作そのものが合わなかったりする。完璧にやろうとするか、思いっきり手抜きするかのどっちかしか出来ない。作曲とミックス作業はもう全く別の職業とすら言える。作曲だけして、あとは全部プロデューサーやエンジニアやAIに丸投げしたい。

長期的なプロジェクトをこなすことはおれには不可能だということを悟った。音楽も絵もこういう記事書きも全部、直感的に衝動にまかせて一瞬で書き上げるスタイルがおれには合ってる。後でやろうとしてもすぐに飽きてどうでもよくなってしまう。

ただそれだと当然クオリティが下がるから収入なんて得られないし、かなりジレンマではある。やっぱり人と協力して分担作業すべきなんだろうけど、共同作業というものが大の苦手だ。かといって一人でなんでもやろうとしても時間も無いし、時間があっても性格的に絶対にひとつの作品を最後までやり通せない。作業の続きをやろうと頭では考えてても、心と体がついていかない。めんどくさくて眠くなる。不可能だ。

直感とクオリティのバランスを考えて、弾き語り系のYouTube動画なんかが一番向いてるのかもしれない。ベースやリズムパターンも、凝りすぎなければ2日で作り上げられる。その衝動期を過ぎちゃうともう飽きちゃうので、飽きる前に仕上げられるようなコンテンツをメインにやっていきたい。

Spotifyとかの楽曲配信は"音楽のみ"のコンテンツだから、音作りのクオリティの低さを誤魔化すことが出来ないから、本来ならやるべきではなかったのかもしれない。YouTube、インスタ、TikTok限定でやるべきだったんだろう。動画にすることで、音質などのクオリティの低さをカモフラージュ出来る。

そのインスタやらでフォロー/フォローバック作業をするのがこれまた苦痛すぎる時間。インスタを見てても、時々「おもしろいな」と思える人がちょっと居るだけで、9割以上はゴミ。くだらない演奏動画とか、ありふれた聴いたことあるような曲とか、もうほんとにゴミで、吐き気がする。音楽が嫌いになってくる。あとは失笑物の「ドン、ドン、ドン、ドン、ドドドドドドドド」のダサすぎるリズム。あれを使う奴は才能無いから死んだほうがいい。あとはハードロック系の時代遅れの、「昔は良かった」的な、今を生きてない、くだらなくてうんざりするギター動画。ほんとキモいし、よく飽きないよなってある意味感心するよ。なんか気持ち悪くチョーキングして自己陶酔してたり(きもいよ…)、ロン毛のロックミュージシャンみたいな時代錯誤の人たちとかはもう生理的に無理で気持ち悪すぎるよね。

昔はこういうのにもフォローバックしたりしてたけどもう「どうせ稼げないんならそんなに必死に営業活動しなくていいや」って思ってからはほんとにいいと思った動画にしかイイネしてない。そもそもお世辞フォローとかのビジネス的なことをするならもう音楽辞めて営業マンの仕事でいいやってなっちゃうよね。

そして投稿する度に寄ってくる、他人が作った音楽で一儲けしようと必死な、ゴミの臭いのする宣伝代行業者ども。金、金、金、音楽と金。人間の汚い部分を見せられてただただ不快だ。現実や自分の汚い部分を忘れるためとか、セラピーのために音楽を作ってるのに、資本主義に汚染されたブタ共を見てると、音楽を辞めようとすら思える。
こんな感じで、音楽が嫌いになりそうだから、あと1年くらいしたら音楽活動からは足を洗って、お気に入りの曲を聴くだけの人になろう思う。音楽自体は大好きなんだがね、それだけに大嫌いにもなり得る。
©Hiro Kinohara
著作権について  プライバシーポリシー