「冷香」でアコースティックデビューしたオレは3月には公園でアコギを弾きまくり、何曲か作曲もした。
もう英語の歌詞でやることも時間をかけた音楽制作も歌詞を書くことすらめんどくさくなってしまったオレは即興演奏をしながらめちゃくちゃな言葉で適当に歌った"WrongWriter's Life"という曲を録音した。
音楽だけでなくブログやデザイン、ビジネスやアプリなど、アイデアだけはたくさんあってもほとんど形に出来ず、いざ形にしようとすると難しく考えすぎて凝ったことをやろうとしたりして一つ一つの作品に時間がかかって他のことをやる時間がなくなり、時間をかけた割には詰めの甘い中途半端な作品になってしまうなど、ADHDのマイナス面ばかり際立ってしまっていた。
そんなオレは2020年からずっと「一つ一つの作品に時間をかけずに"広く浅くのスペシャリスト"になろう」と自分に言い聞かせてきた(→Part14)が、数曲くらいはまともにミックスした音楽作品を作りたかったり、英語のオリジナル曲を配信するという10代の頃からの夢を実現したかったこともあり、結局は時間をかけた音楽制作をやっていた。
それらの作品を実現出来たことは良かったが、逆に言えばもう十分で、2021年には40歳になり、音楽制作にも精神疾患にも生きていることにも人間関係にも疲れてしまったオレはもうDAWアプリの作業画面すら見たくなかった。
SNSに投稿してもイイネが少し付く程度でほとんど意味がなく、YouTube広告は少しは効果はあったが値段相応とは言えず、インスタ広告もあんまり効果はなく、SubmitHubのプレイリストキュレーターや自称インフルエンサーに曲を送ったりしたが一度インスタのストーリーでシェアしてもらった以外は全て不合格で、もうどうでもよくなってしまっていた。
広く浅くいろいろやりたかったが、「やっぱり狭く深くやらないと器用貧乏で終わってしまうよな」という懸念や葛藤は常にあった。
哲学や自分の考え、アイデア系のブログとかYouTubeもやりたかったオレは、そういうのも音楽動画にしてしまって音楽チャンネルだけに集中しよう、あれこれやらずにあくまで音楽という一つのフォーマットの中で"広く浅く"いろんなことをやろう、なんてことも考えたが、単にブログにパパっと書いてしまえばいいことをわざわざ曲にするのも凝りすぎで遠回りすぎて馬鹿げてるので却下した。
もう何年も障害年金と母からの仕送りでギリギリ生活していたオレはいい加減金を稼がなくてはいけなかったし、音楽以外のことをやる為に音楽はもう40歳で卒業しようとも考えていた。
だがまだやりたい曲もあったし、音楽が一番好きなことだし、ここ数年で聴覚過敏と不安症状も悪化し、イヤホンをして落ち着いたジャズやヒーリング系の音楽を聴くことでどうにか自分を自殺から遠ざけてきたオレとしてはやっぱり音楽は辞めたくなかったので、制作に時間のかからないアコースティックな弾き語り系に転向することにした。(その後も2曲ではエレキを使い、多少時間もかけた)
もうあれこれSNS戦略について考えたりすることもどうでもよくなってしまい、お世辞と社交辞令と嘘と見栄で溢れたSNSも馬鹿らしくなってしまい、インスタとTwitterのアカウントを削除した。
毎年春は集中力が無くなったり死にたくなったり思考がまとまらなかったり同じことを何度も考えたりするようになるが、2022年春は例年以上にその症状が酷く、酒と安定剤を飲んでタバコを連続で吸いながらボーッとしてることが多かった。