紀伊の音

ADHDクリエイター紀伊原ひろの器用貧乏なブログ

現実逃避してるうちに生活保護を受給するハメになった

オレは20代の頃はちゃんと働いていたが発達障害で社会に馴染めず躁うつ病も発症して気が狂って自殺を試みたが死ねず、実家に戻って引きこもりニートになっていた。

 

それからは「どうせ自殺するからどうでもいい」と言って仕事もせずにフラフラしていた。

 

ADHDで気が変わりやすいオレは自殺すると言っておきながら才ナニーや浪費、ゲームなど快楽行動に走っていた。

 

ニートしてられるだけあって親はそこそこ金持ちだった。

 

その後、日雇いや短期バイト程度の仕事は時々やっていたが元々漫画家とかアーティストを目指してたオレは基本的に働くこと自体が向かない社会不適合者で生きていくという意志もなかったし、いざとなれば親に頼ればいいみたいな感じで、金銭感覚もルーズだった。

 

2ちゃん(今は5chらしいがもう見てないから分からん)の自殺スレとか死にたい系のスレを見て同じような人いっぱいいるしまだ大丈夫みたいな感じで死ぬことからも生きることからも逃避し、人生どうでもいい感じだった。

 

30代前半から精神障害者基礎年金を貰えるようになり、もうすっかり「働かなくていいや」みたいになっていた。

 

実家にいると毒親に八つ当たりしたり部屋を破壊したり奇声を上げたりして近所迷惑だから、家賃と光熱費は仕送りするからあとは年金で一人で生活してくれと言われてアパートで一人暮らしすることになった。

 

30代も後半になり、本気で死にたくて練炭を買ったが、火を付けた途端に怖くなってしまった。

 

どうせ死ねないならと、20代のころから作ってきた音楽を配信したり、デザイン系の仕事をすることにした。

 

しかし実際には金を稼ぐ気なんてほとんどなく、頭の中は作品をこの世に残して自殺することでいっぱいで、人も怖いから関わりたくないし、人にペコペコしたりビジネス会話みたいなのをして責任持って仕事を受注するのがめんどくさいし、怖いし、自信もなかったからそういう受注系の仕事は先延ばしにし、YouTubeの動画配信とか、SuzuriみたいなところにデザインをアップしてTシャツ等を販売するとか、そういう人と関わらない系のことしかしなかった。

 

Tシャツとかは少しだけ売れて2千円くらい稼いだらもう満足して飽きちゃってどうでも良くなってしまった。

 

YouTubeや音楽配信なんかも本気で金を稼ぐ気なんてさらさらなく、SNSで宣言もしてきたがTwitterは中傷とかが怖いから使わなかったし、必死で宣伝しまくるのもめんどくさくなって辞めてしまった。

 

稼ぐ気無いのに、音楽製作をしてるといかにも仕事をしてるような気になるため、その現状を維持していた。

 

貧乏家庭で育った人間ならもっとシビアな感じで中国人みたいに金を稼ぐことに対するハングリー精神でいっぱいで、金を稼ぐことしか頭に無いのだろうが、金持ちの家に生まれて金持ちの親に虐待めいた仕打ちを受けて育ったオレは金持ちになることに興味がなく、音楽とか哲学みたいな、金にもならないことに時間を使うような人間になってしまっていた。

 

親には「仕事してる」、「努力してる」と言い続けてきた(実際努力はしてきたが)

 

まるで計画性がなく、衝動を抑えられないADHDのオレはカードも無計画に使い、リボ払いの利息地獄に陥り、自己破産するハメになった。収入無いのに風俗に行ったりしていた。出会い系なんかやってる場合じゃないのに寂しすぎるから冷やかし目的でメールを送りまくり、ポイントを無駄に消費してしまった。

 

いざとなったら親に頼ればいいやみたいな感じではあったが、親が死んだらどうするんだという不安は常にあった、と言いたいところだが、常に空想の世界に生きていて現実把握能力に乏しいオレは30代のうちは危機感をあまり感じてなく、40になった途端に急に焦り出し、極度の不安に陥ってテンパってしまった。こうしてる今も不安で不安で仕方ない。

 

その親もさすがに金が無くなってきたみたいで仕送り送れないと言われてしまい、数ヶ月前から生活保護を受給している状態だ。

 

ここまで来るとさすがに得意の現実逃避も出来なくなってしまって、ドラクエやってても全然没頭出来ないし、仕事に見せかけた趣味(命懸けの本気の趣味だが)の音楽製作をして仕事してる気になるっていうのももう無理になってしまった。

 

さすがに本気で金を稼がなくてはいけなくなってしまったから音楽は一旦打ち止めにしてロゴデザインの注文を受けねばなるまい。

©Hiro Kinohara
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