紀伊の音

ADHDクリエイター紀伊原ひろの器用貧乏なブログ

最近はテレビの影響で自分や子供のことをADHDと自称する馬鹿が増えてる

 

最近は良くも悪くもすっかり発達障害、特にエンタメ性のあるADHDがテレビなんかで取り沙汰されたり、芸能人が「私ADHDなんです(ほんとか?)」みたいなこと言ったりしてちょっとした話題になったりするから、その影響で自称ADHDが増えちゃって萎える

認知が広がること自体はうれしいんだけど、いつもながら膨張されたり間違った形で宣伝されてる感じだ

そもそも全ての精神障害って、占いと同じで、誰にでも少しは当てはまる傾向が日常生活や社会生活に致命的なダメージを与えるレベルに達した結果の事象

だから、たかだかちょっと不注意だとか、それくらいで「私、ADHDかも! (キャピッ)」みたいなのは本当にゴミで、ADHDで怪我しまくった挙句に躁うつ、境界性人格障害、果ては統合失調まで発症して人生も人間関係も家庭もすべて崩壊してしまった真正のADHDなおれからすると、馬鹿じゃん、としか思えない

そもそも、目まぐるしい現代社会ではものすごい量のタスクや情報が脳に入り込んでくるから、誰でも目の前のことに集中出来ないなんて全然よくあること

ちなみに不注意には2パターンある。

1:「目の前のことに集中しすぎて背後や周りに気づかない」"肘打ち"パターン。

2:「周りのことが気になり過ぎて目の前のことに集中出来ない」"出会い頭衝突"パターン。

ADHDの場合は基本状態は2で、過集中し出すと自分の加齢臭にも気づかずに没頭して1にもなるが、外からの刺激が入るとその集中だってやっぱり途切れる。そして今度はその気を取られた物事や感情に対して没頭したり偏執的になる。それくらい、病的なまでの浮気性で、当然、恋人や結婚相手にだって集中してられない

本当に不注意な人は外から見ても分かるくらいキョロキョロキョロキョロそわそわそわそわしてる挙動不審人物だし、おれなんていつも馬鹿にされて笑われてる。首都圏育ちなのに、いまだにはじめて都会に来たカッペみたいだ

そんなおれからすると、ADHDじゃない普通の人間の集中力、人と狭い道ですれ違う時とか、ブックオフの狭い通路で立ち読みしてる時も淡々と目の前のことに集中し、おれのことなんか目もくれず、道せまいのに少しも周りに気配りしないような集中力が憎らしいし、馬鹿っぽいと思うし(実際、思いのほか馬鹿だったりする)、子供の頃から「もっと周りに気使えよクズが」と思って生きてきたが、どうもそれが「普通」らしい

おれの場合は、そういうシーンではすごい相手のこと気にしまくっちゃってキョドっちゃうし、必要以上に道を譲りすぎて「くっ…!!今に見てろよ、最後に笑うのはこの私だ。クハッ!クハハハ!」ってなる

雨で傘さしてる日なんか特に顕著で、すれ違う時、おれが傘をどかしすぎるのに対し、普通の奴らはもしおれが傘をどかさなかったら思いっきりぶつかってただろう、ってくらい動じない奴が多い。あれはあれで知能に障害があるんだろう。特に女性に多くて、女性は視野角が広いとか言われてるがもしそうだとしても物理的な話で、認知や意識のレベルでは絶対に狭いだろう。状況によるのかな? 身の危険を感じる夜道とかでは広くなるんだろうか。

そんな馬鹿っぽい雨女たちとすれ違う際、おれは時々傘をどかさない実験をするんだけど(セクハラ?)、案の定ぶつかるんだよね、思いっきり。あ、もちろん全ての女性がそうだとは言ってないんだけど、でも女性に圧倒的に多いんだよね。もしかして、レディファーストみたいに甘やかされすぎちゃって、いつも相手が先にどいてくれるから平気だと勘違いしちゃってるのかな。そういう女も多そうだ今の世の中。最近はちょっと女性優遇し過ぎなんじゃないかね。気の利かない馬鹿な女が増えてる。おれは女性コンプレックスあるし、カッとなって傘で殴ってしまいそうだ。時々そういう事件あるよね。どっちが悪いのかよく考えよう

そう、他でもなく↑のようにちょっと脱線しちゃって記事も長くなっちゃったり、っていうのもADHDの特徴で、全然社会的で淡白に要点まとめた文を書けたり、むしろそれしか書けなかったりするのにADHDを自称する奴も多い。よく例に挙げられる黒柳徹子氏とかはまあ分かるよ、あれだけ言葉がとめどなく溢れるのはもはや病的と言える。

そもそも女の人って頭のネジ飛んでて色んな意味でファンタジックで話が飛んだりするから、全ての女性が占いレベルの軽度なADHDではあるのだろう。婆さんとか、そわそわしてる人多いし。でもそれはハッキリ言って正常な範疇で、障害ってほどではない。占いと同じく、全ての人にあてはまる項目。

現に、たいていの"自称"ADHDは社会生活とか人間関係、果ては恋愛や結婚さえ維持出来ちゃってるじゃん。その時点で全然障害じゃないしさ、機械じゃないんだから誰にだってちょっとした欠陥とか、滑稽なところくらいある。

真正のADHDならまず間違いなく人生破綻したり、一般社会からドロップアウトして無職になったり引きこもったりAV出たりヤクザになったりホームレスになったり二次障害を発症するよ。そうでない人はハッキリ言ってADHDではありません。ちょっとばかりそういう傾向のある普通の人。

あとは自分ではなく子供のことをADHDだと言ってる馬鹿が圧倒的なまでに多いんだけど、子供、特に男児なんて全員ADHDなんだよね。確かに、人一倍ワンパクな子もいるが、子供=ADHDということを常に念頭におくべきだ

言い替えると大人のADHDってのは、なんらかの要因で大人になりきれなかった大人である、と言える。虐待されて、大人になることや規則に従うことを拒絶したり、脳に何らかのダメージを負ったりして規則や社会規範に則って生きられなくなった人々。

子供ってのは全員ある種のソシオパスだったり、ある意味では反社会性力だったりする。それでもちゃんと愛情与えられたり、適度なしつけと教育を受けることで(受け入れることで) 自らADHDを治し、親や社会に認めてもらえる人間になろうとする。それを拒絶して治さないまま大人になってしまったのが本当の意味での「大人のADHD」だ。世間一般で言われてる「大人のADHD」は全然ADHDじゃない。単に、現代の高度にシステム化しすぎた社会に脳が追いつかなくなってるってだけ。ちょっと極端に言い換えると、「大人のADHD」は「高度にシステム化した社会を生きる生身の人間」ということになります。つまり、全員。ちょっと強引だが少しは的を得てるんじゃないかな

だから、「ウチの子、ADHDかも!?」を言い替えると、「ウチの子、子供かも!?」となるし、成人した人が「自分、ADHDなんです」と言う場合、「自分、子供なんです」と言ってるようなものなんです

だからむやみやたらと子供にADHDのレッテルを貼らないほうがいい。アスペルガーに関しては確かに先天的なものが強いだろうからアスペルガーは勝手にやっててくれればいい。ブラックユーモアを多用する身としてはアスペルガーとは関わりたくない

ADHD(子供病)は、ちゃんと愛情与えて、まともなしつけと教育すりゃたいていは治りますから、薬を飲ませたりしなくても構わない。そんなものより、愛情を受けた時に脳内から分泌される報酬系の物質とか、オキシントンだったか?そんなやつらを子供自ら分泌出来るようにがんばってください。その方が経済的だしな。まーおれの知ったこっちゃないんですがね

ではさようなら
©Hiro Kinohara
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